②当科の膵臓癌の治療
<当科の膵癌の治療について>
膵臓のまわりは大動脈から直接分岐する腹腔動脈(及びその枝の総肝動脈、脾動脈、左胃動脈)、上腸間膜動脈といった肝臓、脾臓、胃、十二指腸、小腸、大腸などの重要臓器への血流を供給する動脈(赤線)にとりかこまれています。また肝臓を栄養する重要な静脈である上腸間膜静脈及び門脈(青線)も膵臓の真後ろを走行しています。
膵癌は癌の進行がとても速いため、しばしばこれらの重要な膵臓の周りの血管に癌が浸潤(噛みつく)してしまいます。
膵癌の診断においてこれら重要な血管への癌の浸潤や遠隔転移(肝臓や肺などの他臓器への癌転移)の有無により切除可能、切除不能、その間の切除可能境界膵癌に分けられ、それぞれ治療方針が異なります。
<切除可能膵癌の治療方針>
日本で行われた多施設の共同研究の結果、切除可能膵癌では手術のみの治療より術前補助化学療法(抗がん剤治療)1)と術後補助化学療法2)を手術に加えた方が生存期間が長くなると報告されています。術前に約2か月の化学療法(ジェムシタビン点滴とS-1内服)を行った後に手術を行い、術後回復した後に術後補助化学療法(S-1内服)を6か月間行います。
1) J Clin Oncol (suppl). 2019; 89.
2) Lancet. 2016; 388: 248-57.
<膵癌に対する代表的な手術>
膵頭部癌に対する代表的な手術である膵頭十二指腸切除術を紹介させていただきます。腹部手術の中でも最も複雑な手術の一つです。
通常、癌の手術は癌の存在する単一臓器の切除を行います。しかし膵頭部には膵臓以外に十二指腸や胆管・胆嚢が集まっており、これらの臓器も一緒に切除する必要があります。つまり、膵頭部癌に対する膵頭十二指腸切除術は上図のように膵頭部、十二指腸、肝外胆管・胆嚢を切除します。さらに当科では膵頭部周囲の門脈や肝動脈などの重要な血管に癌が浸潤し、手術不能と診断されたかたに対しても、これらの血管合併切除・再建(血管をつなぎ合わせる)を伴う高難度の膵頭十二指腸切除術を積極的に行っています。
腫瘍切除後の臓器再建について
膵頭十二指腸切除術では複数の臓器を切除するため、腫瘍切除後、複数の臓器の断端(切れ端)を吻合する(つなぎ合わせる)必要があります(上図)。
①膵胃吻合
残った膵臓を胃と吻合します。
②胆管小腸吻合
小腸は長く自由度が高いため、小腸を持ち上げ、胆管断端と小腸を吻合します。
③胃小腸吻合
胃(もしくは十二指腸)の断端と小腸を吻合します。
門脈や肝動脈などの血管合併切除を行った場合は、これらの重要血管も吻合します。
<切除可能境界膵癌の治療方針>
膵臓の背側を走行している重要な血管である門脈に半周以上の浸潤を認めたり、上腸間膜動脈に接触するサイズの大きい膵癌は手術後の再発率が高く、切除可能境界膵癌に分類されます。
切除可能境界膵癌に対しては、切除可能膵癌よりも強力な術前化学療法を行い、腫瘍の縮小を認めた時点で手術を行います。
当科はGemcitabine, nab-paclitaxel, S-1の3つの抗癌剤を組み合わせた独自のGAS療法を術前化学療法として行い、世界でもトップクラスの治療成績を報告しています。
Kondo N, Uemura K. European Journal of Cancer. 2021;159:215-223
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<切除不能膵癌の治療方針>
膵臓の周りの重要な動脈、門脈が広範囲にまきこまれている膵癌は切除不能膵癌に分類されますが、われわれはあきらめず、化学療法施行後の手術療法をめざしています。上図は肝動脈、脾動脈、上腸間膜動脈、門脈に広範囲に癌が浸潤した巨大な膵癌に対し、当科独自のGAS療法を行い腫瘍が縮小し手術施行できたかたです。
手術は膵頭十二指腸切除術に加え、門脈合併切除再建(首の内頚静脈を採取し使用)、脾動脈合併切除、上腸間膜動脈周囲神経叢郭清、肝動脈合併切除・再建を行いました。極めて難易度の高い手術ですが、合併症なく退院し外来通院中です。