広島大学大学院 医系科学研究科 外科学

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【肝胆膵外科】膵臓手術後の膵臓外分泌機能評価~長鎖脂肪酸中性脂肪による13C呼気試験~

 

1. はじめに

 

 膵臓外科領域では、近年画像診断技術に発達による手術適応症例の増加と、手術手技および周術期管理の進歩により、術後長期生存例が増加している。今後は、膵切除術後患者のQOLも十分に考慮する必要があり、そのためには病態栄養の把握と栄養管理が重要と考えられる。膵切除により変化する膵機能に対する正しい認識と適切な膵機能評価および治療が、膵臓外科領域における今後の重要な課題である。

 

 

 従来の膵外分泌機能の評価方法

 

 1. 有管法:セクレチン試験

 2. 無管法:BT-PABA試験(PFD®試験)、便中エラスターゼ-1検査

 

 

2. 当科での膵外分泌機能評価方法 -13C脂肪消化吸収呼気試験-

 

 Kokishiken_1.JPG13C脂肪消化吸収呼気試験は、炭素の安定同位体13Cを標識した脂肪を経口投与後、呼気中に排出される13CO2を経時的に測定することにより脂肪の消化吸収能を評価する方法で、安全簡便、低侵襲な検査法である。

 

 13CO2の呼気中への出現には、①胃排泄、②膵リパーゼによる脂肪の脂肪酸とグリセリンへの分解、③胆汁酸塩による脂肪酸のミセル化、④小腸からの吸収、⑤脂肪酸の代謝・分解などが関与する。したがって、13C脂肪消化吸収呼気試験は、これら全ての過程の影響を受けるため、膵外分泌機能を総合的に評価できる検査法と考えられる。

 

 当科では、膵切除後患者95例、慢性膵炎患者10例、および健常者7例の計112例にクロレラ産生13C標識混合中性脂肪呼気試験(以下、13C呼気検査と略)を行い、その診断能について便中エラスターゼ-1検査と比較検討し、その結果、7時間13C累積回収率は便中エラスターゼ-1濃度と有意な正の相関関係を示し(n = 112, R2 = .14, P < .01)、13C呼気検査が膵切除後の膵外分泌機能評価に有用であることを証明した。

 

Kokishiken_2.JPGのサムネイル画像

 

13C呼気検査の実際

 

 当科では13C標識脂肪としクロレラ産生13C標識混合中性脂肪を用いており、13C呼気試験と便中エラスターゼ-1検査との比較から7時間13C累積回収率のカットオフ値の検討を行った。その結果、ROC曲線上、13C累積回収率5%がカットオフ値となり、感度51.5%、特異度92.3%、AUC 0.74(95%信頼区間0.66-0.82)であった。

 

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3. 膵切除術式と術後膵外分泌機能

 

 当科ではPD 80例とDP 30例の膵切除後患者110例に13C呼気試験を行い、術後膵外分泌機能を比較検討した。

全110例での7時間13C累積回収率の平均値は4.6 ± 3.6%で、5%未満の膵外分泌機能不全は60例(55%)であった。

 術式別に見ると、7時間13C累積回収率の平均値は、PD 3.7 ± 3.2%、DP 6.9 ± 3.7%であり、PDがDPより有意に低値であった(P < 0.001)(下図)。7時間13C累積回収率5%未満の膵外分泌機能不全の比率はPD術後で有意に高率であった(P=0.02)。

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 また、PDまたはDP術後患者105例の病理標本の膵断端を用いて、アザン染色にて腺房細胞を脂肪組織や線維組織と識別し、腺房細胞が全体に占める割合(腺房細胞面積比)を測定して、これを13C呼気試験の7時間13C累積回収率と比較検討した。その結果、全症例では腺房細胞面積比は13C累積回収率と有意な正の相関関係を示した(n=110, R=0.35, P<0.001)。術式別に見ると、PDでは有意な正の相関関係を示したが(n=77, R=0.30, P<0.007)、DPでは統計学的に有意な相関関係を認めなかった(n=28, R=0.33, P<0.090)(下図)。

 

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 このように、膵切除後の膵外分泌機能は術前の膵の状態、特に脂肪変性や線維化の影響を強く受ける。膵癌などの主膵管閉塞性病変に対してPDを行った場合、残膵は閉塞性膵炎により線維化した硬化膵となり、術後膵機能に影響を及ぼす。一方、DPを行った場合は、閉塞性膵炎を来した尾側膵は病変とともに切除されるため、残膵は正常膵となり、術後膵機能は術前の主膵管閉塞の影響を受けにくいと考えられた。

 

 

4. 膵切除後の残膵体積と術後膵外分泌機能

 

 当科の膵切除症例(PD: 174例、DP: 53例)について、13C呼気試験により術後膵外分泌機能を評価、また同時にCTボリュームメトリーにて残膵の体積を測定して検討した。

 その結果、7時間13C累積回収率と残膵体積の間に正の相関関係を認めた(n=227, R=0.509, P<0.001)。ROC曲線にて術後7時間13C累積回収率5%未満となる残膵体積のカットオフ値は24.1mlであり、多変量解析で残膵体積<24.1mlは唯一独立した術後膵外分泌機能不全の予測因子であった(P<0.001, hazard ratio; 5.94, 95%CI; 2.96 - 12.3)。

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5. 膵切除後の消化酵素補充療法

 

 膵切除後には膵外分泌機能評価を行い、膵外分泌機能不全と診断された症例には、術後長期にわたり消化酵素補充療法が必須である。近年、膵癌に対する術後補助化学療法が長期予後を向上することが証明された。膵癌術後患者の膵外分泌機能不全は消化吸収障害から低栄養、易感染状態となり、術後補助化学療法の障害となる。このため、膵切除後に適切な消化酵素補充療法を行うことは、良好なQOLを維持するだけでなく長期生存にもつながると考えられ重要である。

 

 当科における膵切除後患者で13C呼気試験にて7時間13C累積回収率5%未満の36例に、消化酵素製剤を内服した状態で再度13C呼気試験を行い、治療効果判定について検討した。その結果、7時間13C累積回収率平均値は1.4 ± 0.2 %から3.8 ± 0.5 %に有意に改善し(P < .001)、36例中31例で改善、うち8例では13C累積回収率5%以上までの改善を認めた。このように、13C呼気試験は膵切除後の膵外分泌機能不全に対する消化酵素補充療法の治療効果判定にも有用と考えられる。

 

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5. おわりに

 

 膵切除後は高率に膵外分泌機能低下に伴う消化吸収不全状態にあり、この特殊な病態を適切に評価して、消化酵素補充療法による栄養管理を行うことが患者QOL維持のため重要である。

 膵切除後の膵外分泌機能検査として、安全簡便、低侵襲な13C呼気試験は消化吸収機能を総合的に評価できる臨床的に有用な検査法である。